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富山地方裁判所高岡支部 昭和28年(ワ)213号 判決

高岡市源町一二六番地

原告

宮本弥作

右訴訟代理人弁護士

梨木作次郎

関山清

東京都中央区日本橋室町二丁目二番地三

被告

日本日本通運株式会社

右代表者代表取締役

早川慎一

右訴訟代理人弁護士

林喜平

右当事者間の昭和二八年(ワ)第二一三号土地明渡請求事件につき当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、被告は原告に対し別紙目録第一号ならびに第三号記載の建物を収去し、同第二号記載の土地を明渡さなければならない。訴訟費用は被告の負担とする。との判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、被告は原告所有に係る別紙目録第二号記載の土地(以下本件土地と略称する)に何等の正権原を有しないにも拘らず同地上に建設されて居る別紙目録第一号ならびに第三号記載の建物(以下本件建物と略称する)を所有して右土地を占有し、原告の本件土地の所有権を侵害しているから、本件建物を収去して本件土地の明渡を求めると述べ、

被告の抗弁に対し、

(一)  本件土地に付き被告の主張する地上権の存在は否認する。

(イ)  被告は、本件土地の地上権は、戸出米肥株式会社が有して居た地上権に由来するというが、同会社の右地上権は、昭和九年九月二五日戸出合同運送株式会社に譲渡せられたのであつて、その後右会社から林権蔵、更に市沢良助に転々譲渡された経緯が不明であり、被告の主張する地上権は、歴史的沿革も漠然たるもので認め難い。

(ロ)  本件土地は、昭和二〇年四月一〇日原告の前所有者日本鋼機工業株式会社が永森紋次郎より地上権、借地権一切の権利設定なきに付、即時工事に着手相成る共、異議ないとの条件で買受け、同年六月一九日所有権移転登記を受けたのであつて、右永森は、何人からも数年間地代を受領したこともなく、且つ何人に対しても本件土地の利用権を設定したこともないのである。

更に昭和二〇年四月一〇日以後、本件土地に関し、何等の土地利用権が設定されたことはなく、従つて被告が地上権者であつたと主張する林権蔵、市沢良助、市沢久儀、大居良平等より本件土地に地上権ある主張並びに地代の支払は一回たりともない。

尤も被告は、昭和二五年四月一四日本件土地に付き、角玄甚吾は日本鋼機工業株式会社から売買に因る所有権移転登記を受け、原告の前所有者たりし者で同人は本件土地の地代を被告から受領して居る旨主張して居るけれども、右角玄は本件土地の真の所有者ではなかつたのであつて、本件土地の所有権は、日本鋼機工業株式会社から直接原告に移転したものというべきであつて、右主張は妥当でない。即ち昭二四年一二月二二日日本鋼機工業株式会社は、西礪波郡戸出町戸出字正園野二〇七一の一宅地五一坪一合四勺外宅地合計八七坪七勺を角玄に売渡した処、同人は右土地の登記申請に際し、右土地ならびに本件土地を含む二五二坪九勺全部を自己名義に所有権移転登記をなした為、日本鋼機工業株式会社は昭和二七年八月二七日私文書偽造、横領の疑を以て右角玄を富山地方検察庁高岡支部へ告訴し、その結果前記土地二五二坪九勺より八七坪七勺を控除した土地を原告本人に譲渡する誓約のもとに不起訴となつたが、角玄はその後も依然として右譲渡に応じないので、富山地方裁判所高岡支部に昭和二八年第七四号所有権移転登記請求事件の提起となり、右事件は昭和二八年九月八日和解となり、前記土地二五二坪九勺より八七坪七勺を控除した本件土地を含む一六五坪二勺は原告所有に帰したのである。

(二)  仮りに被告主張の如き地上権が存在したとしても、

(イ)  期限の定めがない地上権であつても、二ケ年以上地代の不払があれば、地上権は消滅すべきところ被告の主張する借地権者林権蔵は、昭和一七年より同一九年に至る二ケ年以上地代を地主永森紋次郎に支払いせず、右永森は林権蔵に地上権消滅、土地の明渡を通告して占有したのであつて、地上権は消滅に帰して居るのである。

(ロ)  昭和一六年林権蔵が建物を取毀し、本件土地を空地にしたのであるから、建物保護法第一条第二項による建物の滅失によつて、右地上権を原告に対抗することは出来ない。尤も被告は、借地法第二条を援用して建物が「朽廃」した場合に限り借地権が消滅するというが、建物保護法は「滅失又は朽廃」と規定しているし、判例も建物保護法と借地法とは制定の目的も異にし、両法を対比するもその間に抵触するとこがないとの理由で借地法の適用を否定している。

(三)  (イ)被告の建物滅失後に本件土地を地上権者が継続して使用したから借地法第六条を援用するとの主張に対し、地上権者林権蔵、市沢良助の何れも土地使用の事実はなく、昭和一六年林権蔵が建物を取毀し、本件土地を空地にし、昭和一七年六月一七日永森紋次郎が家督相続により、本件土地を取得し、同二〇年四月一〇日日本鋼機工業株式会社に売却する迄、即ち昭和一七年より同一九年迄建物取毀しによる空地のまゝ右所有者永森紋次郎が占有管理していたのであつて、同人から原告の前所有者日本鋼機工業株式会社が買受け、依然として空地のまゝ放置され、結局前後八年空地のまゝ放置されていたのであつて、継続使用の事実はない。

(ロ) 被告の借地法第四条を援用するとの主張は、既に建物が滅失して存在していないのであるから、同条適用の余地はない。

と述べた。(証拠略)

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め答弁として

一、別紙第二号目録記載の土地中、富山県西礪波郡戸出町戸出字正園野二、三六四の一の土地は被告が使用していないものもあり、且つ道路であるから、明渡に応ずる。

二、被告が原告所有に係る別紙第二目録記載の土地の一部に存在する別紙第一目録記載の建物を大居良平から買受け、昭和二六年八月一三日所有権保存登記を経て所有し、且つ別紙目録第三号の建物を建設所有することによつて、本件土地を占有して居ること、昭和二〇年四月一〇日永森紋次郎から日本鋼機工業株式会社が本件土地を含む土地を買受けたこと、同会社と角玄甚吾との間に本件土地を含む土地につき、所有権移転登記があつたこと、昭和二八年九月八日和解により角玄から原告が本件土地を含む一六五坪三勺の土地の所有権移転登記を受けたこと、原告主張の如く本件土地に存在した建物が滅失したことは孰れも認めるがその余の事実は否認する。

三、抗弁として

(一)  被告は本件土地について、地上権を有する。

右地上権は、明治三三年三月二七日亡永森磯五郎が本件土地を所有し、亡砂岡清兵衛が右地上に建物の建設して本件土地を占有していたものであるから、明治三三年法律第七二号地上権に関する法律に依り、右砂岡が有していた所謂推定地上権に由来する。右永森磯五郎は、昭和八年六月当時は、戸出米肥株式会社に対して、建物所有を目的とする存続期間の定めなく地代も当初一定していなかつたが、後に年貢玄米一石と慣行的に定つた地上権を設定し、同会社は本件土地上に建物を建設して居た処、同一二年一一月一三日林権蔵が競落に因り、右建物を所有すると同時に、その敷地地上権も同時に所有するに至つた。右林権蔵は昭和一九年右地上権を市沢良助に売渡し、右市沢は、右地上権の大部分たる本件土地の地上権を市沢久儀に贈与し、その残部たる二、三六四番の二、二、三六三番にまたがる地上権二六坪四合四勺を昭和二〇年四月二二日日本鋼機工業株式会社に売渡した。同二二年九月本件土地の地上権者市沢久儀は右地上権全部を大居良平に売渡し、昭和二六年八月右大居良平は本件建物とその敷地地上権を被告に売却譲渡したのであつて、被告は本件土地の地上権を所有し、右地上権に基いて、本件土地を占有して居るのであるから、その占有は正権原に基く占有であつて不法占有でない。

尤も右地上権は、登記を欠如しているから本件土地の第三取得者に対する対抗力は、推定地上権の設定者たる亡永森磯五郎及びその後の土地所有権取得者永森紋次郎、日本鋼機工業株式会社、角玄甚吾は孰れも本件土地の地上権を承認し、地上権者に於て本件建物の所有権保存登記手続を完了しているので、明治四二年法律第四〇号建物保護に関する法律第一条に基くものというべく、本件建物の登記完了後、地上権を承認した地主から本件土地の所有権を取した原告は、当然右地上権の対抗力を受ける第三者である。

(二)  仮に被告の有する本件土地占有の正権原が地上権でないとしても、富山県礪波方面、高岡市に於ては明治以前からの借地につき、地主更替の有無に拘らず、土地所有権に随伴せず、独立の権利として現在の地主に対し、その借地権を以て対抗し得る慣行地上権(上地権とも云ふ)が存する事実は顕著な事実であつて、被告の有する本件土地占有の正権原も、右慣行地上権ないし上地権である。

(三)  原告の本訴土地に存在した建物の滅失を以て対抗力が消滅とする再抗弁を否認し、借地法第二条、第一一条に依れば建物が朽廃した場合に限り借地権は消滅し、建物の取毀解体の如き滅失はその消滅原因でないことが明定されている。被告の有する本件土地占有の正権原が所謂慣行地上権ないし上地権であるとしても同権利は建物滅失の有無に拘らず土地所有権に随伴せず、独立の権利として現在の地主に対し、対抗し得る権利である。

(四)  再々抗弁として、仮に建物の滅失によつて地上権乃至慣行地上権が消滅したとして本件土地上に存在した建物が滅失した昭和元年、昭和二三年の再度の地上権者の継続使用につき、各当時の本件土地所有者が借地法第四条但書による同法第六条の異議を述べたこともなくかえつて本件土地の分割登記をして地上権保存の措置をしているから結局に於て地上権は更新されて存続している。

と述べた。(証拠略)

理由

本件土地が原告の、本件建物が被告の、各所有であること及び右建物が本件土地上に存在し、被告が之を所有することによつて、右土地を占有して居ること(但し別紙第二号目録記載の土地中、富山県西礪破郡戸出町字二、三六四ノ一の土地を除く)は、当事者間に争のないところである。

証拠によれば、被告が昭和二六年頃大居良平から本件建物(但し別紙第三目録記載の建物は包含されていない)を含む不動産と本件土地の利用権(同証では慣行地上権と記載されている)。を買受けたことが認められるのであるが、右土地利用権につき按ずるに右権利が明治三三年四月一六日施行された「地上権に関する法律」によつて地上権と推定された亡砂岡清兵衛が有した権利に由来するとの被告の主張は之を肯認するに足る証拠がないので、被告の右主張は排斥せざるを得ず、従つて右権利が民法所定の地上権であることを根拠とする被告の爾余の主張それに対する原告の抗争は判断する迄もなく失当である。

更に被告は右権利が民法所定の地上権でないとしても、高岡地方に見られる一種の慣行地上権であると主張するのでこの点につき判断するに、証人の証言及び甲第三号証の記載中「上地共」の記載によれば、富山県西礪波郡戸出町地方においては、古来宅地につき(一)所有権とその内容をなす使用収益権とは分離して別箇のものとして取扱われ前者を地下権ともいい、後者を上地権と称し、両者独立して売買譲渡でき(二)上地権は地下権に比し通常価格が高く、昭和二五、六年頃からは上地権は七分、地下権は三分の割合位の率になつて居り(三)地主に地代を支払つて居れば上地権は自由に売買してもよく且つ第三者対抗力を有するという内容の慣行があり、(下級裁判所民事裁判例集第七巻第一二号富山地方裁判所昭和二九年(レ)第八号昭三一、一二、二七判決、並に富山地方裁判所高岡支部昭和七年(ワ)第六一号保証債務履行請求事件判決参照)被告が大居良平より買受けた慣行地上権が右の所謂上地権に該るものであることは、証人の証言並に乙第四号証及び同第六号証の記載から推認される。

証拠を綜合すれば、林権蔵は昭和一九年本件土地を含む土地の慣行地上権を市沢良助に売却し、同人は昭和二〇年四月右慣行地上権中富山県西礪波郡戸山町戸出字正園野二三六四番ノ二、二三六三番にまたがる部分二六坪四合四勺を日本鋼機工業株式会社に売却した外は、右権利を市沢久儀に贈与したのであるが昭和二二年九月大居良平は右市沢久儀から本件土地を含む土地の慣行地上権を買い、右乙第五号証添附の図面の赤と青色の部分全部にわたり基礎コンクリートをしたところ、売主市沢から右青色の部分は市沢良助が既に日本鋼機工業株式会社に売却済の前記二六坪四合四勺の土地の慣行地上権の部分に該当しているので、その部分のコンクリートは除去する様に申し入れられたので、売買の当時は右赤と青色の部分全部を買受けた心算であつたが、右の青色の部分の慣行地上権は売買物件から除外することになつた。昭和二四年一二月二二日日本鋼機工業株式会社は、角玄甚吾に対して西砺波郡戸出町戸出字正園野二三六四番の二、二三六三番に跨る宅地二六坪四合四勺(上地共)を含む土地八七坪七勺を売つたのであるが、右二六坪四合四勺の土地は、先に大居良平が誤つて基礎コンクリートをしていたので買主側はその部分の慣行地上権が大居に属する場合大居から異議が出ることを心配したので日本鋼機工業株式会社では、右部分の慣行地上権は既に所有していたのであるけれども念の為甲第三号証の中で「当地所に於いて大居良平氏より異議申立ある時は拙者責任を負い貴殿に対し迷惑を掛けず一切の経費は拙者負担するものとす」との条項を入れその際乙第五号証添附図面赤色の部分は大居良平が慣行地上権を有し、建物を有しているとことについては、甲第三号証作成当時の立会人石倉勇二も認めるところでありむしろ大居良平が右二六坪四合四勺の部分に就いても慣行地上権を有しているのではないかとの危惧すら売買当事者間では存在したことは前記の如くである。昭和二六年被告は右慣行地上権並に本件建物は大居良平から売買による譲渡を受け現在本件建物を使用して本件土地を占有している事実が認められる。

右認定に反し、本件土地を永森紋次郎から日本鋼機工業株式会社が買受けた当時本件土地利用権が設定されていなかつた旨の証人の証言、並に甲第一号証の三中、原告の主張に符合する部分は、前顕証拠と対照して直ちに措信し難く、他に前記認定を覆するに足る証拠はない。

尤も昭和一二年林権蔵が本件土地上に存した建物を競落により取得してから、その一部の建物は戸出農業会へ売却し残余の建物は報国砂鉄株式会社へ解体して売却し、その為に昭和一九年頃から昭和二三年大居良平が本件建物を建築する迄本件土地が空地であつたことは当事者間に争いのないところであるがその間地主である永森紋次郎、日本鋼機工業株式会社に於て本件土地を占有使用した事実を認めるに足る証拠はなく、かえつて証拠に依れば、慣行地上権者林権蔵、市沢良助、市沢久儀が占有の意思を以て保管管理し、本件土地の地代も納付され、且つその間慣行地上権者と地主との間に何等の紛争もなかつた事実を認めるに充分であるから、本件土地に存した建物が滅失し空地となつた事実にも拘らず、依然として慣行地上権は存続していたことを窺知することが出来る。

してみれば、被告は本件建物を使用して本件土地を占有する正権原たる慣行地上権を有するものであり、且つ別紙第二号目録記載の土地中、富山県西砺波郡戸出町戸出正園野字二、三六四の一の土地を被告が占有していることについて原告の立証がないから原告の本訴願請求は理由がなく失当としてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文の通り判決する。

富山地方裁判所高岡支部

裁判官 藤田善嗣

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